本稿では流動性制約下における農業技術の普及に関する理論モデルを構築する.バリュー・アット・リスクの概念をもちいた流動性制約によって,農家が,高い期待利潤を見込めるものの新しいがゆえに不確実な技術に取り組むことで発生する可能性のある損失を恐れて,その投資を抑制してしまう内部制限の問題が導かれる.また,そのような流動性制約下で農家は損失回避的に振舞うが,その意思決定はリスク選好ではなく農家自身の利潤に対する主観確率分布に依存することが示される.農業生産のいくつかの特徴はこのような流動性制約をもたらしやすいと考えられ,農家の流動性に関する異質性に着目することが技術普及や投資の文脈において重要となる.政策的観点では,長期融資のような農家の流動性確保に資する政策手段が有効であることが示唆される.
本研究では,新成長会計の枠組みを用いてサハラ以南のアフリカ(SSA)における2008年以降のコメ生産量急増の要因を検討する.新成長会計では,投入量の変化だけでなく投入を伴う生産性及び投入を伴わない生産性成長の寄与も明らかにすることができる.また,世界的な食糧危機の影響を調べるため国際米価格の変化が生産性上昇に与えた影響を分析した.実証結果によれば,i)土地と肥料の生産性が2008年に劇的に向上したこと,ii)米の生産フロンティアが2008年に著しく拡大したこと,iii)肥料投入量が2008年以降に重要な成長要因となったこと,iv)成長パターンが従来からの米生産国と非米生産国で異なること,等が示された.これらの結果は,世界的な食糧危機が米生産の収益性を改善し近代技術の導入促進を通じてSSAにおける米生産の拡大を引き起こしたことを示唆している.
本研究では農業政策金融の意義について考える.農業金融市場に対する政策介入の根拠は伝統的に信用制約であるが,今日においてその正当性は低いと考えられる.しかしながら,現状の政策目的は「効率的かつ安定的な農業経営の育成」であり,担い手農家への資源集中によって農業全体が成長していくことが期待されている.担い手農家が周囲農家へ生産性向上の波及効果をもつ場合,低利融資による担い手農家への政策的資金供与は外部性を内部化し農業の生産性成長を促進する意義がある.稲作を対象とした費用関数分析により,全国的ではないものの東海以西という広い範囲でそのような農業政策金融の意義を正当化する担い手農家の波及効果が観察された.
本稿ではこれまで小農を前提として検討されてきたとされる農業金融特質論について,今日の農業政策金融が対称を担い手とされる農業経営としてる点および情報の経済学の観点に照らしてどのようにとらえられるかという点の二点を考慮して改めて検討する.1970年代の半ば以降個別農業経営の投資が停滞し,また農業金融市場への政府関与の強い日本において農業金融の特質を再検討することは新たな示唆を与える.信用割当のメカニズムに関する理論である有償状態監査論にもとづき,農業金融においては生産物や農地など担保物件が貸し手にとってその価値実現にコストがかかるものであることによって,必ずしも小農であることによらない農業金融の問題が存在することを示す.このことは,農地市場の流動性と信用割当の関係等日本に限らず有用な知見を提供するだろう研究の展望を提示するものである.
本研究では,金融市場への政策介入によって信用制約の存在が隠されてしまっている可能性を問題として考える.そこで,代表的な借り手が民間銀行と政府系金融機関から信用を利用するという理論モデルを構築した.政府系金融機関からの借入に関する取引費用の外生的変化を利用することで,たとえ政策が金融市場に残っていたとしても信用制約の有無を特定することができる.さらに,我々のモデルでは借り手の最適努力に関する選択を考慮すると政策介入の非効率性がより大きくなることが示された.
本研究の目的は,政策金融の支店網拡大が第一次産業に与えた影響についてマクロ集計データを用いて分析することである.分析の結果として次のような知見が得られた.まず,支店網の拡大が特定の都道府県のみに影響を及ぼしたと仮定すると,それらの都道府県では他の都道府県に比べて労働生産性が高まった.一方,支店網の拡大がすべての都道府県に影響を与えたと仮定すると,認定農業者の比率が高い都道府県ほど労働生産性が低下した.後者が正しいとすれば,政策金融の非効率性が示されているといえる.